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山口百恵引退で桜田淳子さんからのメッセージ

1980年3月7日と言えば、山口百恵ファンにとってはメモリアルデー。
それは確かこのブログでも以前に書き込みました。

三浦友和さんとの婚約発表と同時に
「わがままな生き方をわたしは選びました。
お仕事は全面的に、引退させていただきます」
とのあの有名な文言とともに、芸能界引退を公表した記者会見が開かれた日でもあります。

その時の山口百恵さんの様子につきましては、右サイドバーの
淳子のテレビ番組 >  歌番組 > スター誕生総集編
で、動画がご覧になれます。

1980年3月7日と同じ日に、桜田淳子さんは山口百恵さんに対して祝福のメッセージを送っています。

品川女子中学時代は、山口百恵さんと桜田淳子さんは同じクラスで席も前と後。
そして二人とも品川女子学院中等部を卒業。
(ちなみに、山口百恵さんのWikipediaは、この部分間違っています)

そのあと山口百恵さんは日出女子学園高等学校へ進学。
桜田淳子さんは、そのまま品川女子学院高等部へと進学。

ただ淳子さんは17才の時に同居していた実の姉(S.K/現H.K)が暴漢に襲われたことでニュース映像などでマンションなどが映し出されたため、住んでいるマンションがファンなどにばれてしまい、国本女子高等学校への転校を余儀なくされます。

そして二人はライバルと呼ばれ、比較されたり、新人賞の時は二人の確執などもマスコミなどに色々と言われましたが、本当に二人は仲が良かったみたいですね。

そして森昌子さんが2006年(平成18年)3月27日にホリプロから復帰した直後に出されたこの本でも、森昌子さんは次のように語っています。

3人とも売れっ子だったので、3人一緒の仕事というのは、どうしても深夜に及ぶことなども多いのですが、私(森昌子さんのこと)は仕事が終わればヘトヘトだったので、すぐに「お疲れ様っ!」と言って仕事場を後にしましたが、百恵ちゃんと淳子ちゃんは、その後も残ってお喋りしていたみたい。

それにお休みなどの時も、よくあの二人はお買い物などに行っていたみたいです。
というような内容のことを書いておりました。

『ライバルを失った悲しみ』という心情的な部分を吐露すると同時に、「本当にこれからは本物の友達としてやっていけそうな気がする」との正直な感想を述べているようです。

2006年末発売の女性自身では、今でも二人は年賀状のやりとりをしているとの記事もありました。
女性自身第2288号 2006年12月19日発売

尚この雑誌は探してる方が多く、もちろんバックナンバーの在庫はございません(女性自身に問い合わせ済)

その中で桜田淳子さんの夫は、西宮市から世田谷区に転居したことに際して「統一協会の幹部になったのか?」との記者の問いに対して「統一協会の幹部にはなっていない」と発言しておられます。

2006年11月24日に桜田淳子さんがアイスルジュンバンを発売、この2ヶ月後に
婦人公論の2007年2月7日号に登場したことで、色々と憶測を呼んだものでした。

貴重な動画を有り難うございます。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
動画が削除されたようです。
今しばらくお待ち下さるよう宜しくお願い致します。(09/4/9)

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