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ザ・ベストテン(桜田淳子編)

桜田淳子さんが「ザ・ベストテン スペシャル」で皆が集まった時のトークと当時の模様を映像で振り返ります。桜田淳子さんの部分だけをとても上手に繋げていますね。
リクエストの歌はもちろん当時の「しあわせ芝居」です。
(1987年12月31日・1989年10月5日)

1987年12月31日に『ザ・ベストテン電リク祭り』を『NHK紅白歌合戦』の裏番組として開催。

つまり『NHK紅白歌合戦』に落選した人たちだけで構成された番組でC-C-B・クリスタルキング・桜田淳子さん・島田奈美さん・光GENJIさん・西村知美さん・寺尾聰さん南野陽子さん・酒井法子さんらが集まりました。

下の動画で「渋谷に行かずに、この赤坂に来て下さって」というのは、上記のような意味合いが言外に含まれていると分かれば、話が理解しやすいと思います。

過去の「ザ・ベストテン豪華版」のハプニング集・5周年記念に放送されたベストテンフェスティバルからの映像が多く使用されました。

1989年10月5日の分は『さよならザ・ベストテン』として放送されたものです。

歴代の司会者・歌手などが昔の映像を見ながら楽しみました。

番組途中に松山千春が初めてGスタジオに登場したことでも知られています。
全国各地から出演した歌手からのメッセージも放送されました。

ザ・ベストテンは1978年1月19日にザ・ベストテンの記念すべき第1回目の放送が開始されました。
もちろん初代司会者はお馴染みの黒柳徹子さん・久米宏さんでした。

黒柳徹子さんの「ランキング順位は絶対に恣意的に動かさない」というのを条件で引き受けたのが人気の秘密でした。

つまりテレビ特有のテレビ局の都合によってランキングなどにウソをつかずに、正直に放送していこうという姿勢が大衆に広く受け入れられた反面、当時はニューミュージック系の歌手が「たった数分で自分自身を表現なんて出来るわけがない」との理由で、出演できないアーティストが相次ぎ、後期にはあの郷ひろみさんまで欠席するようになっていました。

逆にそのことが自らの首を絞めていくことになってしまったという側面もありました。

そのことを評してビートたけしさんなんかは自身の漫才で
「数分で表現できないんだったらシングルレコードなんて出すんじゃねぇ!」
と毒舌漫才で笑わせたものでした。

【第1回目のザ・ベストテンの順位表】
第1位:UFO(ピンク・レディー)
第2位:わな(キャンディーズ)
第3位:しあわせ芝居(桜田淳子)
第4位:わかれうた(中島みゆき)欠席
第5位:禁猟区(郷ひろみ)
第6位:憎みきれないろくでなし(沢田研二)
第7位:ブーツをぬいで朝食を(西城秀樹)欠席
第8位:若き旅人(狩人)欠席
第9位:泣き虫(清水健太郎)欠席
第10位:風の駅(野口五郎)

欠席が多いのは、まだやはりダンドリなどの問題があったものと思われます。
尚第11位に山口百恵さんの「赤い絆」が入っておりますが、欠席者の分を埋めるために出演したものと思われます。
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